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バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

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本年度アカデミー賞作品賞・監督賞・脚本賞・撮影賞受賞作品である「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」。
ようやく観ることが出来たんですが、期待していたこちらの想像を遥かに凌駕する大傑作!「芸術性・娯楽性・批評性が素晴らしいバランスかつ高いレベルで表現されている稀有な作品」だと感じました。今回はその芸術性・娯楽性・批評性について言及してみたいと思います。

まず芸術性について。演劇の舞台裏を見せる映画はこれまで数多く観てきました。その中には名作も多く(トリュフォーの「終電車」や、カサヴェテスの「オープニング・ナイト」など)、それらの作品に共通するのが「舞台上で演じている物語と、演じる俳優の実生活・感情が入り混じってしまう」という構造です。多分に漏れずこの作品もその構造になっており、それがこれまでなかった方法で提示されます。それに貢献しているのが「ゼロ・グラビティ」での素晴らしい撮影で世界を驚愕させたエマニュエル・ルベツキ。驚くべきことに、この作品は「ゼロ・グラビティ」の冒頭17分間のワンショット長回し(何回観ても感動する映画史に残る名シーン!)を作品全編で敢行したある意味とても過激で実験的な作品だといえます。まぁ勿論全編ワンショット長回しではなく、限りなくそう見えるように緻密に計算されたカメラワークと編集による繋ぎ方なんですけども、芸術性という意味において非常に意義のあるチャレンジだと思いました。
あと基本的にドラムの音のみで製作された音楽の素晴らしさも芸術性に貢献していると感じました。ドラムというのはとてもプリミティブ(原始的)な楽器でその音は演奏者自身をダイレクトに表すものですが、アントニオ・サンチェスの奏でるドラムの演奏の豊かさや閃きは間違いなくこの作品をネクスト・レベルに引き上げることに成功させた一因だと言えるでしょう。主人公の置かれた状況・焦り・葛藤・苦しみを見事にドラムの音のみで表現していたと思います。

娯楽性について。「ヒーロー映画で有名になった映画俳優が、再起をかけてレイモンド・カーヴァーの短編を舞台化し脚本・演出・主演する」という設定と、その主人公を演じるのが実際に映画でバットマンを演じたマイケル・キートンだというのがまず素晴らしいアイディアとキャスティングですよね。そしてマイケル・キートンの演技はパロディーや自虐ネタにおさまらない素晴らしいものでした。他のキャストも「売れない女優役」の第一人者(笑)で、かつては自身もそういった境遇だったナオミ・ワッツ(あるシーンでは「マルホランド・ドライブ」を思い起こさせるようなシーンも!)や、舞台上でのリアリティーを追求し過ぎるためにエキセントリックで騒動を引き起こす自己中俳優を演じたエドワード・ノートン(「ファイトクラブ」での彼が憧れたブラピのような立ち振る舞いや言動に興奮!)、凄く複雑で繊細な感情を抱いていることを上手く演じていた薬物治療施設から退院したばかりの主人公の娘役のエマ・ストーン、偏見に満ちて特権階級的な立ち振る舞いをする本当に嫌な評論家役のリンゼイ・ダンカン。皆素晴らしい演技でしたね。特に個人的にはエドワード・ノートンエマ・ストーンの2人は本当に素晴らしかったと思います。アカデミー賞の助演男優賞や助演女優賞はこの2人で良かったんじゃないか…と思うくらいに。

最後に批評性について。この映画が批評しているものはヒーロー映画ばかりがヒットし製作される映画界の現状とそれをもてはやす人々、独自の価値観を持つ演劇界、大きな影響力をもつ評論家、そして評論やSNSなどの情報により芸術や作品を判断しそれに左右される大衆だと感じました。まぁつまり僕を含む世界中の大多数の人たちがターゲットなわけです(笑)
個人的には評論家に対する批評性が興味深かったです。確かにある一部の評論家の持つ影響力は、作品の出来や意義に関係ないところにまで及ぶことがありますから、アーティストにとっては大きな脅威でありある意味で天敵だと言えるでしょう。この作品においてリンゼイ・ダンカンが演じる批評家の評論はありきたりの表現(「未熟」、「無味乾燥」、「中身がない」等)を使い、主人公が指摘するように「批評を書くだけで何ひとつ代償を払わない」人物として描かれています。それでいて演劇界ではこの人物の評論でロングランになるか打ち切られるかの影響力があるという歪さ。実際にモデルになった人物がいるかどうかはわかりませんが、とても皮肉が効いていて考えさせられました。権威や知識に弱い大衆は、そういった人の意見に左右されやすいですからね…その後主人公が舞台上でとったとんでもない行動について、勝手に解釈をつけて絶賛する文章(その文章の表現もかなり陳腐なんですが)を寄稿するところもかなり皮肉が効いていました。

かなりの長文になりほとんど賛辞ばかりの文章になってしまいましたが、この作品がアカデミー賞作品賞を獲得したことは素直に素晴らしいことだと感じます。そしてこの映画は間違いなくアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の最高傑作で劇場まで足を運んで観る価値がある作品だと思います。ただかなりクセが強い作品なので、決して万人向けとはいえませんが…